アドニスたちの庭にて “にぎやかな年の瀬
 

 

 イルミネーションは華やかなのに、何となくムーディでセンチメンタルな。クリスマスの聖なる夜が明けると、街の装いはあっと言う間に 慌ただしくも迎春準備へと塗り替えられて。門松飾りの松竹梅や鏡餅に鶴亀々々と、こちらも一応は“縁起物”を持ち出しつつも、大売り出しとか“〜%オフ”セールとかいう赤い札がやたらと目につく、たいそう勢いのあるにぎわいに一気に塗り潰される。年越しの準備にというのとは別に、お年賀やご進物にどうぞと 和菓子やお茶、お海苔のお店にもセールのポスターが一杯貼り出されていて、
“でも、お米屋さんの“新米セール”はちょっと関係ないのでは?”
 そだね。きっと、秋から張り出してるのがそのまんまになってるだけだったんだろね。え? 年忘れセールってなってた? それじゃ、配達致しますからお酒や餅米や何やとご一緒にお買い求めくださいってクチだったのかもだね。
「お母さ〜ん、お父さんが事務所から電話だよ。」
「あらあら、は〜い。」
 瀬那は細かいところまでは良く知らないんだけれど、お父さんは結構有名な弁護士さんで。都心に近い街の方に自分の事務所を持っていて、何人か若手の弁護士さんも抱えてる規模にて、常時 複数の依頼を担当している“敏腕”なのだとか。どんな事案へも丁寧に対処なさるものだから、口コミで評判を聞いてという人達から次から次へと依頼があって、カレンダーに関係なくいつだって大忙しで。そんなせいか、年末で法務局担当の窓口が仕事納めで閉まってしまった後でも、ぎりぎりまで事務所で必要書類や法律のご本と向き合ってるってことが少なくなくって。居間の電話を通りすがりに取ったセナくん、キッチンでお仕事中のお母さんにそんなお父さんからの通話を渡して、ほてほてとお廊下を進む。もうそれほど“新興”ということもないが、まだまだ小ぎれいな丘の上の住宅街の中ほどにある、お庭の芝生がきれいな2階建のお家に、セナが生まれる前から住まわっている ご一家であり、住人はご両親とセナくんと、それからそれから、
「タマ〜? どこ〜?」
 居間のお昼寝用のクッションに居なかった飼い猫のタマちゃんの姿が他のどこにも見えなくって、お玄関の方まで足を伸ばしたセナくんだったがやっぱりいない。
“今日中にお風呂に入れちゃおうと思ったのにな。”
 セナが実の弟みたいな勢いで甘やかして育てたせいか、それともやっぱり猫だからか。さすがにお水やお湯がかかるのって、あんまり好きじゃあないみたいだしな。お風呂だって日はいつもこれ。探すのだけに半日はかかってしまう。そういう嫌なことの気配って何となく伝わっちゃうんだろうか。日頃は煩いくらい まとわりついて来るくせに、と、ふうと肩を落としながらの溜息を1つ。年末のお仕事はあらかた片付いていて、年賀状だって書いて出したし、家中・外回りの大掃除も済んだ。門や玄関への縁起物は、お父さんが明日飾り付けることになっていて、お正月の準備だって…えっとえっと。
“………あれ?”
 おせち料理やお年始に関してはお父さんお母さんにお任せしていることだし、まだ来年のことはよく分からないや…と。ちょっとあたふたしかかったセナくん、
“…えっと、粗ゴミは明日が最終回収日だったよね。”
 昨日うっかり割っちゃったマグカップとか、表のゴミ箱に出しとかないとね。決して話を誤魔化すつもりじゃあないんですよ? そそそっとキッチンへ足を運び、不燃ごみのカゴを抱えてお勝手のドアを開くと、ひやりと冷たい風が鼻先をつつく。うううと身を縮めたのも束の間のこと。
“………あれ?”
 何か。意外なものが視野の端っこをちらりと掠めたような? さっさと済ませなきゃ寒いようなんて、小さな肩をすぼめて覚悟をしたのがふわんと掻き消えて、

  “…あ。”

 頭上のお空から舞い降りて来たものへ、自然と視線を奪われる。さぁっと冴えた風に乗って、素早く、されどゆるく弱く流されるような動きをした、小さな白い華。それは、宙に次の一片を探すセナの視野の中へ、少しずつ密度を増して降りしきり始めたばかりの、

  「………雪だ。」

 いつの間にか、空一面を覆うは低い灰色の雲。空との境も曖昧な、そこから降りしきる可愛らしい来訪者に、意識を奪われ“ほう…”と見とれた。
「お母さん。雪が降ってるよ?」
「あら、そぉお? この二、三日寒いものね。」
 お外に行くのなら ちゃんと厚着して行きなさいよ? 今日は出掛けないもん…などと、お母さんとやわらかい言葉を交わしつつ、戸口からそう遠くはない粗ゴミ用のペールへとマグカップの破片を収め、回れ右してお勝手の中へと入りかかって。室内へと向けた身体がぴたりと止まった。
“…あれれぇ?”
 またまた何かを視野がよぎった、ううん、何かの上を視線が撫でた、そんな気がした。とっても見覚えがあるもの。柔らかな毛並みの、暖かくて優しい匂いがするもの。そしてそして、こんな寒い中に放っぽり出しといちゃ いけないもの………。







            ◇



 愛用のノートPCに蓄積した日頃使いのデータの整理をと、ケーブルで接続したデスクトップの方のPCに向かい合っていたところ、横手に開けた大窓の外を白い何かがよぎってゆく気配が拾えて。

  “………雪?”

 道理で朝から冷えた筈だよなと、机の端っこ、キーボードの脇のちょっとだけ空いたスペースに肘をつき、そうやって作った杖の先の手のひらの上へ細い顎を載せ、無音の中に降りしきる純白の雪の乱舞を眺めやる。濃灰色のタートルネックセーターに、やはり濃色のパンツ。暖房を利かせているのでさして寒くはなく、とはいえ二重窓なので窓もなかなか曇らない。それでということもなかったが、いつまでも飽かずそちらを眺めている彼の、すぐ眼前の液晶モニターに展開されているのは…と覗き見れば。先月後半にももう一回来日して、先々週アメリカへ帰って行ったとあるお兄さんからのメールだったりする。NFLでは そろそろワイルドカード・プレーオフを見越しての終盤戦に突入したが、そんな中でもクリスマスはきっちりと祝うから、この国民性は凄いもんだなんて。自分だって結構お気楽なことを書いて寄越してる彼であり。

  『このWRは、結構器用なのに左を抜けられるのに存外弱いだろう。』
  『………何で分かるんだ?』

 つい先日のこと。ソファーの背もたれを挟むようにしての頼もしい肩越し、すぐ後ろから同じ資料を自分も覗き込んで、そんな言葉を交わしたのを、ふと思い出していた蛭魔だったりする。
『まず右にと重心を振る癖があるってのは、それがたまたま当たった場合のだろう、ヤード数とファーストダウンの決定率の高さで分かるし。そんな判りやすい癖をなかなか直せないのは、他での機転が利くから“そんな程度の欠点くらい補えてる”ってことで後回しにされてるからだ。』
 資料に添付していたデジカメ写真をトントンとつついて、練習着の汚れ方にまで体さばきのクセがついとるぞと、なかなかに鋭い観察眼を披露してくれた人。さすがは本場の現場にいるだけのことはあるもんだなと思いつつ、でも何か癪で。
“…スーパーボウルまで勝ち上がったら、VIP席へ絶対招待させてやる。”
 こらこら。何だ、その微妙な悪態は。
(苦笑) 窓から視線を戻して、メールの文面を表示していた画面を格納し。その代わり、チームデータの方へと切り替えて、レギュラーたちのステータス表を拡大する。いつの間にやら…監督やコーチ陣からのみならずチームの選手たちからまで、理論武装した抜け目ない“暴君”としてではなく“頼られる参謀”として、その頭脳と手腕を買われている。粗探しをして良いように支配するために自分たちを素っ裸にするばかりではなく、相手のことだってきっちりと調べ上げたうえで、ゲーム毎に様々な作戦バリエーションを繰り出せる、臨機応変の利く的確な布陣を敷くことが出来る。そんな実力を重々思い知ったその上、最近の采配に自分たちへの理解も加わって来たと感じることが出来たから…らしく。
“そういう期待ってのは、あんまり好みじゃないんだが。”
 しがらみとか仲間意識とか、そういう曖昧なぬるいものは。ものの効率とか合理的なこととかをスパッと割り切って考える時に、邪魔になるばかりで面倒臭いんだがなとぶつくさ言いつつも…お顔は正直なもので。何とも言えない苦笑を薄い唇の端に浮かべてるあたりが何ともはや。さてお片付けの続きをと、ボードに手を伸ばしかけたタイミングへ、

  ――― ♪♪♪〜♪

 サイドボードに置いていた携帯が、古い映画のテーマソングを奏で始める。今時の若い子にはそうだということさえ判らないような、古いだけでなく“日本未公開”のフランス映画のだという、相当にコアな代物で。行きつけの『R』のマスターに“そういう曲なんですよ、なかなか渋いセレクトですねぇ”と言われるまで、実は全然判らないままだった蛭魔であり。
“こういうややこしい曲を、わざわざ設定してくれるとはな。”
 どういう場所で持ち歩ってるか判らないんだから、ちゃらちゃらしたヒットソングとかクラシックとかは御免だかんなと言ったら、それは手際よくこれを設定して下さった人物が、

  【こんにちは、蛭魔くん。】

 あのお優しい顔容
かんばせでにっこりと笑っているいつものお顔が、TV電話モードでもないのに そのまま眼前へ浮き上がって来そうな。それはそれは穏やかなお声が聞こえて来て、
「どうしたよ。確か昨日から、奥入瀬の方の別邸に行ってるとか言ってなかったか?」
 親戚筋が経営する由緒ある料亭旅館で毎年年越しをするとか何とか。思い出したまんまを告げると、
【それって僕が話したんじゃないでしょうよ。】
 くすすと楽しそうな含み笑いつきで応じてくれて。
“…あ、そうだった。”
 話してくれたのは彼本人では無かったなと、今頃になって思い出す。ついつい油断していて詰まらないミソをつけちまったなと、内心で短く舌打ちした金髪の凄腕諜報員の君へと、

  【実は今、その話を君にした彼をネ、探しているんですよ。】

 生徒会執行部部長の高見さんが、やんわりとしたお声を続けたのだった。







            ◇



 もう何となくお気づきですよねの“訪ねられ人”は、セナくんのお家のご近所にて無事にサルベージされていた。
「寒くなかったですか? 雪も降ってましたし。」
 上半身は一応、セーターだのハーフコートだの重ね着していた彼だったものの、下は…少しばかり厚手らしいが、普段着風の木綿のワークパンツが1枚だけ。
“もっと裾が長いコートとか、ツィード地のになさるとか。”
 TPOに合ったコーデュネイトが全く出来ない人ではないんだろうけれど。暖房が利いた快適な環境にばかりおいでになるからか、それとも。色柄デザインはともかく、今日は暑いの寒いのというところまで考えてのコーデュネイトとなると…やはり専門の担当さんがいる彼なのか。
「お顔も真っ赤ですよ。」
 鼻の頭や耳の縁、滑稽を通り越して痛々しいくらいに赤くなっており、
「うん。マフラーで口元とかも巻いとけばよかったかな。」
「マスクを買えばよかったですのに。」
「マスク?」
 まだ風邪は引いてないよ?と、不思議そうに小首を傾げた彼へ、
「でも、吐く息がこもって暖まるんですって。」
「あ、そっか。」
 そこまでは考えが及ばなかったな、だって僕、風邪自体滅多に引かないしと明るく笑ったお兄さん。セナくんて凄っごいな〜、頭良いんだ〜と、素直に喜んで下さって。そしたら…そんな彼のお膝にいた子が、僕も構ってと言わんばかりにお尻尾を立てて くねりと揺らして見せたもんだから、
「この子、人懐っこいねぇ。」
 お客様のお膝の上で、それは大人しい“良い子”で丸くなっている白地にぶちのミックスの和猫。住所しか知らなかったセナくんのお家を探すうち、どこからか現れて擦り寄って来た小さな仔猫を抱き上げてやったらしきお客様であり。お耳の間を撫でてあげると小さな体をより丸め、お目々に糸を張って眠った振りなんぞして見せているものの、
「桜庭さんがいい匂いするからですよう。」
 自分と同じ“男”なのに、お花のような蜂蜜のような、華やかで甘い香りがする人なのと、それに。お客様に可愛い可愛いvvと撫でられるままくっついていれば、無理から引き剥がされないということをよくよく知ってる知能犯。これで…少なくとも今日は、お風呂はなしだなと思っているタマちゃんなのかも? 周到なようで、そのくせ子供みたいな他愛のない策謀を前に“もおぉ〜っ”と苦笑して、さてとて。

  「ゴメンね、お忙しい最中なんじゃなかった?」

 恐る恐るという感じで、お向かいのソファーに腰掛けたセナくんへこそりと訊いてきた桜庭さん。初めてのご訪問で、なのにアポイントメントなし。加えて…こんな年末の押し迫った頃合いに押しかけたなんて、お忙しいところにお邪魔をしてはいないかしらと、あまりの礼儀知らずな自分の行動へ、一応は気に病んだ辺りが可愛らしい。………肝心な事前に考慮しなかった辺りは“お坊っちゃま”丸出しですが。
(苦笑) 何だかしおらしい先輩さんへ、
「大丈夫ですよ。」
 ウチはもう、大掃除もお正月の準備も一通り済みました。ふにゃんと屈託無く笑ってそう言うと、
「そっか、いいなぁ。ウチなんてサ、どこにいたって“邪魔ですから向こうへ”って。追い回されてばっかなの。」
 忙しいのは判るけど、僕なんか要領ってもんが判って無いから“男手”の足しにもなんないんだろうけどと続け、
「お家の中に居場所がないのが何か辛くてサ。」
 たはは…と、ちょっぴり情けない笑い方をなさった彼だったのへ、あやや…と、こちらも何とも言えないお顔になっちゃったセナくんで。なんかそれって、休みの日に家でごろごろしていたら“だらしがない”って叱られちゃう、日曜日のお父さんみたいですよね。天下の桜花産業の御曹司が、されど暮れの忙しさには負けてしまって、ようよう はたき出されてしまったということですか。
(笑)

  “…でも。”

 それって何だか変だよなと、セナくん、ちょっぴり怪訝に思った。桜庭さんのお家は、何代も何十年も、どうかすると百年以上もその歴史が引き継がれて来た由緒正しき財閥というお家柄であり、それこそお辞儀の仕方一つ取ってもお家なりのお作法があるのだろう旧家でもあるのだから。お屋敷に仕える方々にしてみても、こんな年中行事には…まだ十代の桜庭さんご自身以上に慣れていらっしゃる筈なのに。お屋敷も大きいからお掃除や模様替えやの手間暇も一般家庭の数倍は大変だろうし、ご町内の各方面へのご挨拶だって、ご家名に傷をつけぬよう、ただならない細やかさにて手を打たねばならない。また、年が明けての“新年”に至っては、お年賀のご挨拶にとお運びになる方々も多かろうから、ご主人様方のお衣装、来賓様への御馳走やお土産などなどの準備も必要であり。ご主人ご一家に対するもの以外にも山のようなお手配が要りような時期・行事だと、だが、重々判っておいでの筈だし、慣れてもいらっしゃろうに、
“なのに…?”
 手をつけねばならない仕事は確かにたくさんお在りだろうが、それのせいで肝心なご主人様のご家族が生活する上で不自由なさっていては本末転倒。疎外感なぞ一片だって感じないようにと、何だって至れり尽くせりに運んでしまわれる筈だろうにね。何だか変だなと思いつつ、でもだけれど。うりうりと、お膝に乗っけた仔猫の耳の間の毛並みをやさしく撫でていらっさる、それはそれは綺麗なお兄さんには、そんな不審を直接聞き返せなくって。
“やっぱり…ずば抜けてる人なんですよね。”
 惚れ惚れするような風貌に卒のない物腰を兼ね備えた、今時の現実世界には稀なほどに“正統派”の好青年だと、セナだってそう思う。今時の高校生の標準よりもまだ高い長身に、撓やかな筋骨がバランスよく健やかに発達している肩や胸元。意外と広くて頼もしい背中に、長くて機敏で軽快な四肢をしてらして。それからそれから、柔らかい亜麻色の髪を少ぉし長めに伸ばされていて、ふわりと横から後ろへ流したその綺麗な髪が縁取るお顔もまた、うっとりするほどに端麗典雅。これも彫が深いというのだろうか、ぱっちりはっきりした目許に通った鼻梁。表情豊かな口許は、ちょっぴりふくよかで悪戯っぽくて。どちらかと言えば、いかにもアイドル系なお顔だったものが、ここのところは…成長過渡期の少年時代を終えた証しか、精悍な男らしさも少しばかり増して来たものだから。笑顔を絶やさないでいるソフトな印象に厚みというのか奥行きというのかがなお増して、すっかり大人びたと評判だったりする今日この頃の彼であり。まさに“グラビアから抜け出て来たような”という雰囲気の、そりゃあ垢抜けていらした桜庭さんだったものだから。お邪魔しますとご挨拶されたその途端に…あんまり物に動じない方なセナのお母さんが、自分の頬を両手で押さえながら“うわぁ〜どうしましょう”とあたふたしちゃったほど。

  “………でも。”

 卒のない桜庭さんだからこそ、今日のは本当に不可解なご訪問。ねえ、もしかしてもしかしたらば…。
「…っと。」
 不意にポケットから“ふるふるる…”という振動を伝えて来たのが携帯電話。あわわと慌てて取り出して、向かい合ってた桜庭さんにちょこりと目礼してから通話ボタンを押したその途端に、

  【そこに桜バカは いるかっっ?!】

 あの細身のどこからこんな大きな声が出せるのか。右から左へ“きーんっ☆”と突き抜けた鋭い叱咤に頭ごと勢いよく叩かれてしまい、何を言われたかという内容が後からついて来たほどで。名乗りもしないままにこんなとんでもない無作法を自信満々にやらかすお兄さんにも、悲しいかな
(?)覚えがあるセナくんであり。あうう…と半泣き状態になりつつ、やっとのお返事。
「いらっしゃいますが。」
 此処にいるのは“桜バカ”だって認めた言い方になってますが、仮にも生徒会長さんを捕まえて…それで良いのか? セナくんよ。
(笑)
「代わりましょうか?」
 言いながらお向かいをチラッと見やれば、自分のお鼻のてっぺん辺りを自分で指差している桜庭さんと視線が合って。頷いてから“はいどうぞ”とセナが差し出したのをお耳に当てがったその途端に、

  【今から行っからなっ。
   いいかっ?! その糞坊っちゃん、絶対逃がすなよっっ!】

 うわぁ、結構距離あるのに筒抜けだ〜、と、感動半分。そっちからビックリしてすっ飛んで来た タマちゃんを懐ろに抱きとめつつ、ソファーの上へぱったんと倒れ込んでしまった桜庭さんへ、思い切り同情してしまったセナくんだったりしたのでした。






 人騒がせな年の瀬の迷子を引き取りにいらした金髪痩躯な悪魔さんは、たいそうお困りな様子だったお家の方から“心辺りはないでしょうか?”と尋ねられた高見さんから“桜庭さんの探索”を引き継いだのだそうで、
「携帯電話も持たないまんまに出掛けたってそうじゃねぇか。」
 これは今時ならではの迂闊というやつで、まずは持ち歩くだろう携帯へ掛ければ行方は判るのだからと、執事さんたち、桜庭さんのプライベートのチェックが甘いものになってらしたのだそうで。お家同士のお付き合いがある高見さんや進さんになら連絡もつけられたが、それ意外の…蛭魔さんやセナくんともなると、お名前は分かっても連絡先までは知らないままになっていたらしい。とはいえ、そんな態勢をこんな忙しい折に試した桜庭さんだった訳ではないのだそうで、
「…だってさ。妖一ってば、冬休みに入っちゃうとずっとずっとアメフトばっか優先してたじゃない。」
 何たって本番も本番。国内の大学や実業団のファイナルも次々に始まるし、NFLだって終盤だしで、試合を追っかけるだけに留まらず、詳細な分析をしてみたり、彼なりのシュミレーションを組んでみたりと、小難しいことをそりゃあ楽しそうに集中してこなしている彼であり。大好きなことだから仕方がないってのは分かっているのだけれど、それでもね。人恋しくなるほど寒い季節なんだし、少しくらいは…恋人同士なんだっていう、ほわほわしたことに浸りたくもなるのに、
「鬱陶しいからって、僕からの連絡には“留守電モード”にしちゃってるクセに。」
「………え?」
 言われてキョトンと眸を見張り、ポケットから取り出したスリムなモバイルのモード設定を確認した美人さんが…、
「あ………。」
 思いがけないものをそこに見つけて“これは困った”というお顔になる。こちらさんも無意識にだろう、
「…そっか。それで…。」
 言いかけたのはきっと、それで桜庭さんからの連絡がこの1週間もの間ずっと来ないままになってたのかと、そんな風に思ったらしき感慨で。何が切っ掛けか、一旦そんなモードにしたそのまま、うっかり忘れていて戻さないままでいた彼だったらしくて。
「何だよ。そんなでも寂しくなかったんでしょ?」
 不慮の事故だとしたってサ、連絡がないの、おかしいなと思ったり気に病んだりしなかったんでしょう? どーせ僕なんてそんなくらいのお相手なんでしょうよと、立派な体躯でいじけるお兄さんへ、バツが悪そうなお顔をした蛭魔さんと来て。あやや、これはこじれそうかなと心配したセナくんだったものの、そんな小さな弟くんの背中へ大きな手のひらをポンポンと当てて下さったのが、
「…進さん。」
 これも蛭魔さんから“チビの家まで案内しろっ”とばかり、ご実家の山ほどあった障子張りの真っ最中から、半ば拉致されるような勢いにて引っ張り出されたお兄様。相変わらずに巌のように頑健な立派な体躯へ、コートやマフラーはちゃんと着て来てらしたが、大きくて温かで、セナくんが大好きなお手々が…糊でちょっぴりごわついてらして。
“大丈夫でしょうか?”
 そんな想いから見上げたセナくんへ、微妙に小さく笑って下さり、そんな二人の様子が…丁度そっぽを向いた桜庭さんの真正面になったらしくて。
“う〜〜〜。”
 だって、ねえ? 好きな人に逢えないのが詰まらなくって、それで拗ねてた勢いから当て処なく歩き回ってた桜庭さんだったのにネ。大好きな人に逢いたい、逢って甘えたいとか。でもなんか、いつもこっちばっかりが求めてる側だってどうよとか。繊細で細かい機微がもつれてもつれて、それで素直になれないでいる自分。せっかく逢えた愛しい人ご本人と向かい合ってて、なのに意固地にも意地を張ってる自分と違い。さして気の回らない朴念仁さんが、彼の大切な人と何とも呆気なく逢えてるその上、視線を交わし合うだけという言葉少ななままに、暖かい想いを共有出来ているのが何とも羨ましくってね。
「………。」
 そんな桜庭さんのお膝の上、タマが再びぴょこりと飛び乗って、かあいらしくも“お座り”の姿勢になって、綺麗なお兄さんのお顔を“みゅう〜ん?”と気遣うように見上げて来たものだから。
「…妖一。」
「なんだよ。」
 今から、あのその…ウチまで遊びに来てくれる? まだちょっと、視線はお膝のタマの方に据えられたままだったけれど。そんな風に…小さい子供みたいな言い方で切り出した桜庭さんへ。自分の側の迂闊を多少は後ろめたく思ってた蛭魔さんだったのか、ああとぶっきらぼうに応じてやって。
「おら、そうと決まったならとっとと帰るぞ。」
「うんっvv
 おやおや。進さんが心配要らないと笑ったそのまま、事態は好転したようですよ? 落ち着いて眺めると、やっぱり何だか不自然なバランスのコートを羽織り直した桜庭さんが、蛭魔さんの携帯を借りてご実家へとお電話を掛けられて。心配させてごめんなさいと、それから、駅まで迎えに来ていて下さいと連絡し、
「ごめんね? セナくん。」
 こんな時に押しかけちゃって、本当にお騒がせしましたと。ぺこりと頭を下げた会長さんは、でも、そのお隣りに立ってた幼なじみさんへは…ちょっぴり恨めしげに膨れて見せただけ。仲良く並んで、時折、肘同士でこづき合いつつ、帰ってゆかれるお二人を見送りながら、
「…じゃあ。」
 自分も家へ帰るからと、これでも彼なりに気を遣って、彼らと一緒はしなかった進さんへは、
「え〜〜〜?」
 小さな弟くんが、珍しくもくっきりと異論を唱え、その足元にはタマちゃんまでもが“にぃ〜〜〜”と懐いており、
「……………。」
 戻るのが遅くなったなら、たまきさんが角を生やして怒るかもだな。だけれど、セナくんを連れて帰れば…そんなことなぞ“二の次”にされるかもだなと。彼には珍しくもそんな算段を立ててみたお兄様。色々あった1年でしたが、こんな最後までにぎやかなドタバタで締めくくろうとは。ただ一人、どこやらの温泉料亭旅館でのんびり過ごしているお方以外には思いも拠らなかった、格別な“年の瀬”となったようでございます。


  ――― 何はともあれ、

       
皆様もよいお年をvv



  〜Fine〜  04.12.27.〜12.30.


  *妙なパラレルが次々始まってしまった今年でしたね。
   お運びいただいた皆様には本当にお世話になりました。
   来年もどうかよろしくお願い致しますです。
(笑)

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